Karin. One man Live "my identity"
Official ライブレポート

Reported by Tomohiro Ogawa
Photo by Yuto Odagiri
開演時刻。「あなたは私に、孤独をひとりで完結させるような夜を与えてくれた。別れは終わりじゃないっていうことだって、あなたが教えてくれた。あなたと私は出会って、物語は始まった。音楽はまだ続いていて、あなたがいなくなった後も、あなたが私を去ることはない」――そんなKarin.の声が会場に流れる。Karin.、およそ2年ぶりとなるワンマンライブ「my identity」。Karin.を支え続けてきたギタリスト真田徹とふたりだけのステージは、「僕だけの戦争」から始まった。力強いギターのストロークに、凛とした意思を感じさせる歌声がのる。2024年、事務所を離れて新たな道のりを歩み出した彼女が初めて世に出したこの曲の〈僕はずっとここにいるのに/終わってないんだよ〉というフレーズに決意が滲むようだ。さらに繊細なアルペジオとともに「タワマン文学」、2本のギターが美しく重なり合う「水葬」へ。今のKarin.を全力で伝えるような冒頭の構成に、彼女がこのライブに込めたものが透けて見える。事実、こうして曲を重ねるごとにKarin.の歌は温度をもち、感情を溢れさせていくようだ。「私はここで生きている」、そう訴えるようなパフォーマンス。時折揺れたり震えたりする声に、緊張とは違う心の躍動のようなものが宿っている。「水葬」を歌いながら、ふと彼女の顔に笑みが浮かぶ。その瞬間、この記念すべきライブに血が通ったような感覚を覚えた。「こんばんは。本日はお越しくださりありがとうございます」。3曲を終えて、Karin.によるあいさつ。「約2年ぶりのワンマンライブ、弾き語りでやろうかちょっと悩んだりもしたんですけど、この2年間、私を支えつつもときにはスパルタに教育してくださったギタリストの真田徹さんにお越しいただいています」という言葉に拍手が起きる。その後も真田と他愛のない会話を繰り広げながら、おもむろに彼女は「今日、曇天だったじゃないですか」と話し始めた。「私、晴天とか嫌いで。でも雨はちょっといろいろ面倒じゃないですか。だから曇天を予想していたら的中して、めちゃくちゃ嬉しくて」。これまで散々雨女の疑いをかけられてきたそうで、「私は決して雨女じゃないっていうことを今日は証明したかった」と喜ぶKarin.だが、そこに真田がすかさず「ちょっと降ってましたけどね」と横槍を入れる。「でもザーザー降りじゃなかったからセーフ」と食い下がるKarin.。いったい何の話だ、と思うが、改めて考えるとこれぐらい自然体で喋るKarin.をステージ上で見ることはこれまでなかった気もする。実際、この最初のMCを挟んで、ライブは明らかに変わっていった。「君が生きる街」に「貴方に会いたいのに」と、セットリストが進むごとに歌がいきいきと広がり、演奏にもグルーヴが生まれていったのだ。そして「すごく久しぶりにやる曲」だという「会いにきて」では、真田のガットギターに合わせてKarin.がハンドマイクで歌うという新たなスタイルを披露。リリースされた当時もそれまでの彼女とは違う雰囲気に驚いた曲だが、このシンプルで親密なアレンジもとてもいい。スツールに座って手を動かしたり体を揺らしたりしながら軽やかに歌うKarin.もとても気持ちよさそうだ。アウトロではピアノの前に移動し真田のギターとセッション。とても自由で音楽的な、この日のライブのハイライトのひとつを描き出したのだった。Karin.にとって始まりの1曲である「青春脱衣所」を終えるとギターを置いてピアノの前に座り、「星屑ドライブ」を皮切りにピアノとギターという構成で楽曲を披露していくKarin.。
ときに大胆に、ときに繊細に、彼女の歌と同じように表情豊かな音を奏でるピアノが、ライブをさらにエモーショナルにしていく。そういえばKarin.は「今はギターよりもピアノが好きだ」と言っていた。確かに、鍵盤を叩くように弾く彼女の姿はのびのびとしているし、ピアノの音に合わせて声もどんどん力強さを増していくように見える。もしかしたらKarin.が自分のなかにある衝動や感情をいちばんダイレクトに表現できるのが、ピアノという楽器なのかもしれない。
「泣き空」を終え、この日のライブのタイトルの理由を語り始めたKarin.。デビュー当時、地元茨城から特急列車で東京に通っていた日々を振り返りながら、これまで作ってきたアルバムタイトルを挙げては、そこにこめた思いを言葉にしていく。10代の「自分は何者なのか」という気持ちを掲げた『アイデンティティクライシス』、高校を卒業して大人になっていかないといけない時期を象徴する『メランコリックモラトリアム』、彼女にとって大きなテーマだった「孤独」に向き合った『solitude ability』、そして自分にとって遠い存在である幸せへの思いを重ねた『私達の幸せは』……悩みながらもその時々の自分自身にふさわしい言葉を選び取ってきたKarin.は、今回のワンマンライブに「my identity」というタイトルをつけた。「去年はすごく自分に自信をなくして」いたという彼女。「でも、孤独から抜け出すことはできないけれど、ちゃんと向き合って、アイデンティティを確立できたんじゃないか」という思いが芽生え、それがこのタイトルへとつながったのだという。「これが私だ」――ギターを弾き、ピアノを弾き、真田のギターと対話をするように音を重ねながら昔の曲から今の曲までをのびのびと披露していく、このライブは確かにその言葉を体現していたように思う。その後「嘘が甘いから」を経て、再びギターを手に取ったKarin.。
「私を見つけてくれて、出会ってくれて、本当に嬉しい。改めてみなさんに恩返しができたんじゃないかなと思いました」とお客さんにメッセージを伝えると、最後の曲として「言わなきゃ良かった」という新曲を歌い始めた。美しいメロディが鳴り止むと、場内には割れんばかりの拍手が巻き起こったのだった。その拍手はアンコールを呼ぶ手拍子に変わり、程なくしてKarin.と真田が再びステージに戻ってくる。グッズ紹介を経て、真田とまたしても和気藹々と話すなかでこの日のライブへの手応えを語る彼女の表情はとてもリラックスしている。そして歌い始めたのは「いろんな賛否両論をもらった」という「命の使い方」。心の奥底にメスを入れるようなこの曲は、Karin.にとっては自分の作った曲に苦しめられたという記憶に結びついた、ある種の「呪い」のようなものだったという。だが、大きく息を吸って歌い出したKarinの声は、その「呪い」を乗り越えていくようなパワーをもって響いてくる。高校生当時のKarin.の思いを今のKarin.が支え、引っ張り上げていくような、とても頼もしいパフォーマンスだった。その後新曲「銀紙色のアンタレス」を歌ってライブは終了。これまでの、そして現時点のKarin.を詰め込んだこのライブの最後に新曲があったという事実がよかったし、何よりこの「銀紙色のアンタレス」がすばらしかった。鳴っているのはたった2本のギターだが、とても大きなスケールで届いてくる。それはつまり曲自体がとても「大きい」ということだろう。Karin.にとっておそらくターニングポイントとなる楽曲のはずだ。いつどんな形でリリースされるのかはまだわからないが、楽しみに待っていたいと思う。




